日本の家庭で、ビールを造ることはできるのか
できません。 酒税法第7条第1項が「酒類を製造しようとする者は、政令で定める手続により、製造しようとする酒類の品目別に、製造場ごとに、その製造場の所在地の所轄税務署長の免許を受けなければならない」と定めているからです。
免許を受けずに酒類・酒母・もろみを製造した者は、同法第54条第1項により十年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金です。第2項で未遂も同じ扱いとされ、第4項では「当該酒類、酒母、もろみ、原料、副産物、機械、器具又は容器は、何人の所有であるかを問わず没収する」と書かれています(e-Gov 法令検索 酒税法・2026年9月6日に旧APIで原文取得)。
だからこの記事は、作り方の手順書ではありません。 醸造所で何が起きていて、そこで味の何が決まっているのかを読む記事です。委託醸造(OEM)で自分のビールを作ろうとしている人が、醸造所と同じ言葉で話せるようになることを目指しています。
「酒類」の線はアルコール分1度
酒税法第2条第1項は、酒類を「アルコール分一度以上の飲料」と定義しています。薄めて1度以上の飲料にできるものや、溶解して1度以上の飲料にできる粉末状のものも含みます。アルコール分そのものの定義は第3条第1号にあり、「温度十五度の時において原容量百分中に含有するエチルアルコールの容量」です。
1度未満のものは酒類ではないので、製造免許の対象外です。 ただし麦芽と酵母を使って発酵させる以上、1度を超えるかどうかは仕込んだ結果で決まります。「1度未満に収めるつもりだった」は、測って初めて言えることです。酒税法の「1度」と、広告の自主基準がいう「ノンアルコール飲料(0.00%)」は別の線なので、混ぜて考えないでください。
買ってきたビールに何かを混ぜるのはどうなのか
こちらは条文が場合分けをしています。酒税法第43条第1項は「酒類に水以外の物品を混和した場合において、混和後のものが酒類であるときは、新たに酒類を製造したものとみなす」と定めます(みなし製造)。
- 飲む直前に自分で混ぜるのは対象外。 第43条第10項と酒税法施行令第50条第13項が、酒場・料理店などの営業場で客の求めに応じて混和するとき、および酒類の消費者が自ら消費するため消費の直前に混和するときを適用除外にしています
- 「自家消費用に仕込んでおく」ほうの特例は、ビールには使えません。 第43条第11項の特例が使える条件を施行令第50条第14項第1号が定めていて、混和前の酒類はアルコール分20度以上(かつ酒税が納付済み)のものに限られます。ビールは酒税法第3条第12号で「アルコール分が二十度未満のもの」と定義されているので、この枠に入りません
- 仮に特例の枠に入る場合でも、第43条第12項が「前項の規定の適用を受けた酒類は、販売してはならない」としています
(e-Gov 法令検索 酒税法施行令・2026年9月6日確認)
免許を取る側に回るなら、数量の壁がある
自分の醸造所を持つ選択肢もあります。その場合は酒税法第7条第2項の最低製造数量基準がかかり、ビールは年60キロリットル、発泡酒は年6キロリットルです。金額と本数に直した話は自分の醸造所を持つには年間いくら作るのかにまとめてあります。醸造所を持たずにブランドだけ持つ形はファントムブリュワリーとは何かです。
麦芽ができるまでに、味の何が決まるのか
色と香りの土台、そして糖化を進める酵素の量です。 ここは醸造所ではなく、麦芽メーカー(製麦)の工程で決まります。
浸麦と発芽 — 酵素が用意される
大麦に水を吸わせ、時々空気を送って混ぜたり水を入れ替えたりしながら吸水させると、1〜2日後に目的の水分含量(40〜45%)に達します。ここから発芽が始まり、浸麦完了から4〜6日かけて進みます。発芽槽は乾燥を防ぎながら15℃前後に保たれます。
発芽に伴って大麦の粒の内部では、蓄えているでんぷんやタンパク質を糖やアミノ酸などに分解する酵素が活発に働き始めます。発芽した大麦は「緑麦芽」と呼ばれます(酒類総合研究所「お酒のはなし」特集:ビール PDF・2ページ)。
焙燥で色と香りが付き、酵素は保存される
まず緑麦芽を50℃程度の低温でできるだけ速やかに乾かして発芽を止めます。低温なのは、酵素の働きが失われないようにするためです。 そのあと80℃程度の熱風を送って(焙焦)、麦芽独特の色と香りの成分をつくります。同じ資料は「酵素については、その働きは止まりますが、酵素そのものは十分に保存されるため、麦汁造りで再度機能することができます」と書いています。
淡色麦芽をさらにロースターで200℃ほどに加熱すると黒麦芽になり、これが黒ビールの色と香りのもとになります。最後に除根で根を取り除きます。根が残ると、ビールに不快なえぐ味や着色が出るためです。
同じ資料は麦芽の役割を3つ挙げています。酵母の栄養、ビールの色と香味、そして泡の安定性です。つまり麦芽を替えると、この3つが同時に動きます。
発注側が口を出せるのは「どの麦芽か」まで
製麦は麦芽メーカーの工程なので、発注側が指定できるのは麦芽の種類であって、製麦の条件ではありません。 しかも国内で使われている麦芽の大部分はカナダ・オーストラリア・ヨーロッパ各国などからの輸入麦芽です(ビール酒造組合「ビールの造り方」・2026年9月6日確認)。
「地元の大麦で作りたい」という企画は、味の話の前に調達の話になります。大麦を麦芽にできる先があるか、必要な量が揃うか、いつまでに押さえるか。ここは醸造所より先に決まっていないと動きません。
仕込みで決まるのは、ボディと苦味と香りのどれか
3つともです。 ただし決まり方が違い、糖化は温度で、苦味と香りは煮沸中のホップの入れどきで決まります。
糖化と麦汁ろ過
粉砕した麦芽に水を加えて加熱し、麦芽に含まれる酵素の働きやすい温度(40〜70℃後半)まで段階的に上げると、麦芽のタンパク質とでんぷんが順に分解され、糖などを含む黄金色の甘いもろみ(マイシェ)になります。これが糖化です。
もろみには穀皮などの固形分が入っているので、ろ過槽で清澄な液体と穀皮に分けます。このとき穀皮自体がフィルターの役割を果たします。取れた液体が一番麦汁で、ろ過槽に残った穀皮にはまだ麦汁が含まれているため、70℃後半の湯をかけて二番麦汁を回収します(酒類総合研究所・3ページ)。
煮沸とホップ、そして冷却
麦汁を煮沸釜に入れてホップを加え、一般的に60〜90分間煮沸します。麦汁が香ばしくなると同時に、ホップの成分が煮沸によって変化することで苦味が付きます。一方でホップの香りは煮沸によって消失するため、香りを付けるためのホップは煮沸後半に加えます。ここが「苦味を出すホップ」と「香りを出すホップ」が分かれる理由です。
麦汁に含まれるポリフェノールは、煮沸中に濁りの原因であるタンパク質と固まりをつくります。煮沸後、その固まりやホップ粕を取り除いてから、酵母が活動できる温度帯まで冷やします。この除去の工程は、麦汁を渦巻状に回して固形分を中心に集める槽を使うことから、現場ではワールプールと呼ばれます。なお煮沸には麦汁の殺菌にもなるという役目があります。
冷却の温度は狙うタイプで変わります。ビール酒造組合は淡色ビールの例として「熱麦汁を5℃くらいに冷却し、これに酵母を加えて発酵タンクに入れます」と説明しています。
発注側が口を出せるのは「方向」で、「手順」ではない
「苦味は強めに」「柑橘系の香りを立てたい」「飲み口は軽く」は、そのまま設計に落ちます。 苦味と香りの配分はホップの品種と入れどきで決まり、飲み口は糖化の温度帯で決まるからです。
一方で「◯分後に◯グラム」は発注側が決めることではありません。仕込み釜の容量、段階的に温度を上げられる設備かどうか、1回の仕込み量は、醸造所ごとに固定されています。指定するほど、受けられる醸造所が減ります。 副原料を使いたい場合は、法令上どこまで入れられるかが先に効きます(オリジナルビールのラベル表示義務で表示側の条件を整理しています)。
発酵と熟成で決まるのは何か
香りの大部分と、納期です。 ここは時間そのものが原価になる工程で、発注側が最も交渉しにくい場所でもあります。
主発酵 — 温度が香りを決める
冷やした麦汁を発酵タンクに移して酵母を添加すると、酵母が増殖し、半日が経過した頃からアルコール発酵(主発酵)が始まります。発酵温度はビールの香味に影響するため、冷却装置を使って慎重にコントロールされます。 酒類総合研究所はピルスナーの例として約6〜12℃の範囲を挙げ、酵母添加から1週間程度で「若ビール」になるとしています。ビール酒造組合の説明では7〜8日です。
酵母の系統でこの温度と期間が変わります。上面発酵は常温に近い温度(15〜25℃)で短期間、下面発酵は低温で長期間というのが基本の分かれ目です。スタイルごとの違いはクラフトビールの種類一覧にまとめています。
熟成(後発酵) — 数十日を買う工程
酵母を含んだままの若ビールを密閉タンクに移し、約0℃でゆっくり熟成(後発酵)させます。 この間に発生した二酸化炭素がビールに溶け込み、発泡性が高まります。あわせて「未熟臭」と呼ばれるバター様のにおいが酵母に吸収され、その濃度が下がります。熟成は一般的に数十日間行われます(酒類総合研究所・4ページ)。この数字は下面発酵のピルスナーの例で、スタイルによって長さは変わります。
変わっても、熟成は交渉で削れる項目ではありません。 ビール酒造組合は、淡色ビールがびん・缶・樽に詰められて出荷されるまでを「およそ2〜3カ月」としています。醸造所が「この日程では受けられない」と言うとき、削れないのはたいていこの区間です。
発注側が口を出せるのは、スタイルの選択を通じてだけ
発酵と熟成の条件そのものは醸造所が持ちます。発注側が動かせるのは、どのスタイルにするかという入口だけです。 そしてスタイルの選択は、そのまま期間の選択になります。
「この日のイベントに間に合わせたい」という制約があるなら、日程を後ろに動かすか、スタイルの側を動かすかの二択です。逆算の仕方はビールOEMの納期はどれくらい?にあります。
ろ過と充填で決まるのは、味ではなく流通の条件
常温で置けるかどうかは、商品ごとの保存方法の指定で決まります。酵母が残るものには要冷蔵の指定が付きやすく、ろ過して酵母を落としたものには常温で流通できるものがあります。熱処理をしたかどうかでは決まりません。 ここは取り違えている解説が多い場所です。
「生」は熱処理をしていないという意味しかない
ビール酒造組合の「特定用語の表示基準」は、生ビールおよびドラフトビールを「熱による処理(パストリゼーション)をしていないビール」と定義しています。生ビールまたはドラフトビールと表示する場合は「熱処理していない」旨を併記します。
同じ基準で、ラガービールは「貯蔵工程で熟成させたビール」であり、熱による処理をする・しないに関係なく貯蔵工程で熟成させたものはラガービールだ、とされています(ビール酒造組合「ビールの表示」・2026年9月6日確認)。
つまり「生」は保管条件を表す言葉ではありません。 びん詰め・缶詰めビールは生ビールが大部分で、一部に熱処理をしたものもある、というのが同組合の説明です。
品質の安定化を担っているのはろ過
酒類総合研究所は、パッケージングの前の工程をこう書いています。「熟成したビールはろ過してビール酵母を除き、品質を安定化させます。かつてはろ過に加え、殺菌のための熱処理もしていましたが、醸造機器の性能と雑菌除去の技術が著しく向上したため、現代の日本では生ビールとしてろ過だけで品質を安定させるのが一般的です」(同5ページ)。
酵母を除くから安定する。熱処理はかつて併用されていた手段であって、安定化の必要条件ではない、という順序です。
発注側が口を出せるのは、味と流通の交換条件
無ろ過にするか(酵母を残すか)は、味の設計であると同時に流通の設計です。 決めた時点で、賞味期限・保管温度・配送方法・置ける売り場が連動して決まります。ここは「どちらが上等か」ではなく、どこで誰に売るのかから逆算する項目です。
容器(缶・びん・樽)も充填設備の側で決まります。醸造所が持っている充填ラインに無い容器は選べません。 決める前に、売り場と配送の条件を先に固めてください。
醸造所と話すとき、発注側が決められるのはどこまでか
決められるのは「何を目指すか」で、「どう作るか」は醸造所の設備と免許の側にあります。 この線を先に理解しておくと、最初の打ち合わせが1回分短くなります。
決められること/決められないこと
- 麦芽 — 種類は相談できる。製麦条件は選べない。地元産を使う企画は調達から始まる
- ホップ — 品種と「苦味寄りか香り寄りか」は相談できる。投入の分量とタイミングは醸造所が設計する
- 糖化の温度帯 — 「軽い飲み口/厚みのある飲み口」という方向で伝わる。数値の指定はしない
- 酵母とスタイル — 発注側が決める最大の項目。ただし決めた瞬間に発酵と熟成の期間も決まる
- ろ過するかしないか — 相談できる。ただし賞味期限・保管温度・売り場が連動する
- 容器 — 醸造所の充填設備にあるものから選ぶ
- 仕込み量と仕込み枠 — 醸造所側の条件。ここは動かない
免許が無くてもできること
醸造所の見学と、醸造所が主催する仕込みの体験は、免許の話とは別です。 製造免許は「酒類を製造しようとする者」に製造場ごとに与えられるもの(酒税法第7条第1項)なので、免許を持つ醸造所が製造者として行う仕込みに立ち会う形であれば、参加者が製造者になるわけではありません。できあがったものをその場で買って持ち帰る形も、同法第9条第1項ただし書が「酒類製造者がその製造免許を受けた製造場においてする(同一の品目の)酒類の販売業」を販売業免許の対象外としているため、条文上は説明が付きます。
ただし、どこからが「製造」に当たるかの線引きは個別の判断です。 上記は条文からの読みであって、個々の体験プログラムの適法性を保証するものではありません。参加する側は主催する醸造所に、企画する側は所轄の税務署に確認してください。
なお、造る側の技術者向けには、酒類総合研究所が酒類醸造講習(ビールコース)を開いています(共催:全国地ビール醸造者協議会)。麦芽の粉砕から麦汁造り、発酵、びん詰めまでを実習し、醸造理論や官能評価、各種分析法を学ぶもので、対象はビール製造に従事する方です(酒類総合研究所・8ページ)。
費用の目安・期間・最低ロット
判断に必要な3つを置きます。いずれも TAP TO BREW の場合の数字で、正はサービスページです。
- 費用 — 初期制作費 50〜70万円(うち OEM醸造費 20〜25万円)。費用は初期制作費と継続支援費の2層に分かれます
- 期間 — 初回相談からリリースまで概ね2〜3ヶ月。上で見たとおり発酵と熟成の時間は削れないので、短くできるのは前工程(コンセプトとデザインの決定)の側です
- 最低ロット — 48本(350ml)から
免許について、主語を省かずに書きます。連携先の醸造所・花園クラフト(大阪府東大阪市)が製造し、販売元となります。 そのため依頼する側は、自分で酒類販売業免許を取らずに 花園クラフトが売主として販売するところまで進められます。自社の店頭や自社のECで、自分たちが売主として販売する場合は、その主体で免許が必要です(酒税法第9条第1項・販売場ごと)。
作りたいものが「どのスタイルで、いつまでに、何本」まで決まっていなくても構いません。この記事の見出しの順に話せば、決まっていない項目がその場で洗い出せます。
この記事で確かめた一次情報
- e-Gov 法令検索 酒税法(昭和28年法律第6号)第2条・第3条・第7条・第9条・第43条・第54条(2026年9月6日に旧API `/api/1/lawdata/328AC0000000006` で原文取得)
- e-Gov 法令検索 酒税法施行令(昭和37年政令第97号)第50条(同日・同API)
- 独立行政法人 酒類総合研究所「お酒のはなし」特集:ビール PDF(2026年9月6日にPDFを取得。製麦は2ページ、仕込みと発酵は3〜4ページ、ろ過とパッケージングは5ページ、醸造講習は8ページ)
- ビール酒造組合「ビールの豆知識|ビールの造り方」(同日確認。原料、製造工程、出荷までおよそ2〜3カ月)
- ビール酒造組合「ビールの豆知識|ビールの表示」(同日確認。特定用語の表示基準=ラガービール/生ビール・ドラフトビール/黒ビール/スタウト)
- 自社の費用・期間・最低ロット・免許の主体はTAP TO BREW サービスページ(同日確認)
よくある質問
日本の家庭でビールを造ることはできますか?
できません。酒税法第7条第1項により、酒類を製造しようとする者は品目別・製造場ごとに所轄税務署長の免許を受ける必要があります。免許を受けずに製造した場合、同法第54条第1項で十年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金が定められています。酒類の線はアルコール分1度以上(同法第2条第1項)で、1度未満のものは酒類に当たりません。
生ビールは要冷蔵という意味ですか?
違います。ビール酒造組合の特定用語の表示基準では、生ビールおよびドラフトビールは熱による処理(パストリゼーション)をしていないビールを指すだけで、保管条件を表す言葉ではありません。品質の安定化は熟成後のろ過で酵母を除くことによって行われており、現代の日本では生ビールとしてろ過だけで安定させるのが一般的です。
ビールのOEMで、発注する側が決められるのはどこまでですか?
決められるのは目指す方向です。麦芽やホップの種類、苦味と香りの寄せ方、スタイルと酵母、ろ過するかしないか、容器の希望は相談できます。一方で製麦の条件、糖化の温度設定、ホップの投入量とタイミング、仕込み量と仕込み枠は醸造所の設備側で決まります。
ビールのOEMは、なぜ2〜3ヶ月かかるのですか?
発酵と熟成に時間がかかるためです。主発酵に1週間前後、そのあとの熟成(後発酵)に一般的に数十日かかり、この間に二酸化炭素が溶け込み、未熟臭の濃度が下がります。ビール酒造組合も淡色ビールが出荷されるまでをおよそ2〜3カ月としています。短くできるのは、醸造ではなくコンセプトとデザインを決める前工程です。