日曜日、十七時。今日、私は何もしなかった。
起きたのは十時だった。目が覚めて、天井を見て、もう一度目を閉じた。次に目を開けたら十一時だった。カーテンの隙間から差し込む光が、床の上で四角くなっていた。
昼ごはんは、冷蔵庫にあったヨーグルトと、バナナを一本。洗濯はしなかった。掃除もしなかった。読みかけの本は、読みかけのまま机の上にある。返さなければいけないメールが三通ある。どれも返していない。
ソファに寝転がって、窓の外の雲を見ていた。雲は、思っていたよりずっと速く動く。一つの雲が窓の端から端まで流れていくのに、だいたい四分かかる。三つぶん数えたところで、数えるのもやめた。
何もしなかった。
月曜日の私なら、こんな一日を許さないだろう。もったいない、と言うだろう。休日は、平日にできないことをするためにあるのだから。溜まった家事を片づけて、行きたかった美術館に行って、新しいレシピを試して、夜は少し早めに寝る。そういう日曜日を、私はいつも計画している。
計画どおりに過ごせた日曜日は、たぶん一年に二回くらいしかない。
残りの日曜日は、こうして、何もしないまま夕方になる。夕方になると、決まって胸のあたりが少し重くなる。また何もしなかった。また一日を無駄にした。そういう声が、どこかから聞こえてくる。
今日も、その声は聞こえてきた。
それで、冷蔵庫を開けた。
金曜日に買っておいた一本。週末のどこかで飲もうと思って、どこで飲むかは決めていなかった。今がそのときなのだと、なんとなく思った。
グラスに注ぐ。淡い桃色が、夕方の光を受けて、少しだけ金色がかって見える。
ひと口。
甘い。そして、すぐに酸っぱい。酸っぱさが、甘さをきれいに洗い流していく。口の中に何も残らない。残らないから、もうひと口飲みたくなる。
窓辺に座る。
西の空が、だんだんと色を変えていく。水色から、薄い黄色へ。薄い黄色から、橙へ。誰も頼んでいないのに、空は毎日これをやっている。何の役にも立たないのに、毎日、律儀に。
あの空は、今日何かをしたのだろうか、と思う。
雲を流して、光の色を変えて、夕方を連れてきた。それは「何か」なのだろうか。それとも「何もしない」のうちに入るのだろうか。
私も、今日、何もしなかったわけではないのかもしれない。
十一時間眠った。体は、それだけの眠りを必要としていたのだろう。雲を数えた。三つぶんだけ。バナナを食べた。ちょうどいい熟れ具合だった。窓の外で、子どもが自転車の練習をしているのを、少しだけ応援した。声には出さなかったけれど。
それは、何かだったのかもしれないし、何でもなかったのかもしれない。
どちらでもいい、と思えたのは、たぶんこのグラスのせいだ。
甘くて、酸っぱくて、何も残らない。何も残らないことが、こんなに心地いいなんて。
何もしない、というのは、本当は贈り物なのかもしれない。誰かから、ではなく、自分から自分へ。包装紙も、リボンも無い。中身も、ほとんど空っぽだ。けれど、空っぽの箱にしか入らないものも、きっとある。
空が、橙から紫に変わっていく。
二杯目を注ぐ。泡が少し立って、すぐに消える。
明日は月曜日だ。月曜日の私は、また計画を立てるだろう。次の日曜日こそは、と。それでいい。計画を立てる私も、それを守れない私も、どちらも私だ。
今日の私は、何もしなかった。
そして、それを、少しだけ、誇らしく思っている。
了