わからない。
二十二時を過ぎた川沿いの道を歩きながら、僕はその言葉を何度も頭の中で繰り返していた。わからない。わからない。わからない。言葉は、繰り返すほど意味が薄くなる。そのうち、ただの音になる。
昼間、今の会社に残るかどうかを、来週までに決めてほしいと言われた。新しい部署の話だった。悪い話ではない。少なくとも、悪い話だと言える理由は見つからない。
それなのに、返事ができなかった。
「考えさせてください」と言った。考えるつもりだった。帰りの電車の中で、紙に書き出そうと思った。良いところ、悪いところ。行った場合、行かなかった場合。そういう表を作れば、答えは自然に出てくるものだと、僕はこれまで信じてきた。
紙は白いままだった。
家に帰って、夕飯を食べて、風呂に入って、それでも白いままだったので、外に出た。コンビニで瓶を一本買った。何を買うかも決められなくて、ラベルの言葉で選んだ。「わからないまま、歩く」と書いてあった。
ちょうどいい、と思った。
川沿いのベンチに座る。街灯が水面に映って、ゆらゆらと揺れている。対岸のマンションの窓が、川の中でもう一度灯っている。
栓を開けて、そのまま瓶から飲む。
濁った、やわらかい味がした。果物のような香りが鼻に抜けて、そのあと、少しだけ苦い。苦いのに、角が無い。どこから甘くて、どこから苦いのか、境目がはっきりしない。
わからない。
子どものころから、わからないことが苦手だった。テストで分からない問題があると、そこで手が止まって、ほかの問題が解けなくなった。先生に「分からない問題は飛ばしていいんだよ」と言われても、飛ばせなかった。飛ばしたら、そこに穴が開いたままになる気がして。
大人になって、その癖は少しましになった。分からないことは調べればいい。調べても分からなければ、人に訊けばいい。訊いても分からなければ、分かる人に任せればいい。そうやって、たいていのことは片づけてきた。
でも、自分がどうしたいかは、調べても、訊いても、任せても、わからない。
立ち上がって、歩き出す。座っていると、考えてしまうから。
川沿いの道は、どこまでも続いている。ジョギングをしている人とすれ違う。犬を連れた人とすれ違う。犬は僕の靴の匂いを嗅いで、すぐに興味をなくして行ってしまった。
歩いていると、わからないことが、少しだけ平気になる。
足は、わからなくても前に出る。右、左、右、左。どこへ向かっているのかは分からないけれど、歩いているあいだは、ちゃんと歩いている。止まっていた手と違って、足は止まらない。
ふと、思う。わからないのは、悪いことなのだろうか。
答えがまだ無い、というだけのことなのかもしれない。答えは、まだどこかで形になる途中で、僕がそれを急かしているだけなのかもしれない。このグラスの中の霞みたいに、時間がたてば、何かが底に沈んで、上のほうが少し澄んでくる。そういうものなのかもしれない。
橋の上で立ち止まる。
川の上流のほうは暗くて、どこまで続いているのか見えない。下流のほうには、街の明かりがある。どちらへ行くかは、まだ決めなくていい。今夜は、橋の上にいるだけでいい。
瓶に残っていた最後のひと口を飲む。
わからない。
さっきと同じ言葉なのに、さっきより少し軽い。音が、ちゃんと言葉に戻っている。わからない、というのは、まだ選べる、ということでもある。
来週までには、何か言わなければならない。たぶん言えるだろう。言えなくても、また歩けばいい。
空になった瓶をポケットに入れて、来た道を戻る。帰り道は、行きよりも少し短く感じた。
わからないまま、歩いた。それで今夜は、十分だった。
了