ヒットしただけでは、まだ「当たった」ことにならない
登録できないと決まるのは、3つが同時に揃ったときだけです。 商標法第4条第1項第11号が挙げる要件は「他人の登録商標又はこれに類似する商標」であること、「その商標登録に係る指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの」であること、そして相手の商標登録がその先願として現に存在していることの3つです(e-Gov 商標法)。
J-PlatPat の検索結果は、この3つのうち1つ目に引っかかった候補を並べているだけです。名前を捨てる前に、残り2つを自分の手で潰します。
見るのは区分の数字ではなく、指定商品の欄
ビールは第32類です。 商標法施行規則第6条の別表が、第32類の1番目に「ビール」を置き、例示として「黒ビール スタウト ラガービール」を挙げています(e-Gov 商標法施行規則)。
同じ別表の第33類には、清酒・焼酎・合成清酒・洋酒・果実酒・酎ハイ・中国酒・薬味酒が並んでいて、ビールは1つも入っていません。 「酒類だから第33類」で調べると、ビールの先行商標はそもそも視界に入りません。逆に、第33類で見つけた商標にぶつかったと思い込んでいる場合、それは第32類のビールとは別の商品についての権利かもしれません。
だから確認の順番はこうなります。まず相手の登録の「指定商品」の欄を開き、そこにビールまたはこれと類似する商品が書かれているかを見る。 区分の数字だけを見て判断しない。J-PlatPatは検索結果に類似群コードも表示するので、相手の指定商品と自分が使いたい商品のコードが重なっているかで、審査官が類似と推定する範囲が読めます。特許庁は「類似関係にあると推定する商品又は役務をグルーピングし、各グループに検索のための特定のコードを付与した」ものとして類似商品・役務審査基準を公表しています(特許庁)。
その権利が、いま生きているかを確かめる
商標権の存続期間は設定登録の日から10年で終了します(商標法第19条第1項)。更新はできますが、更新登録の申請は「存続期間の満了前六月から満了の日まで」に行う必要があり、その後の救済期間内にも申請しなかったときは「その商標権は、存続期間の満了の時にさかのぼつて消滅したものとみなす」と第20条第4項が定めています。
登録されていること自体は、権利が生きていることを意味しません。J-PlatPatの経過情報で、存続期間の満了日と更新の記録を必ず開きます。消えている権利にぶつかって名前を捨てるのが、いちばんもったいない失敗です。
名前を変えずに進む道は3つある
消す・借りる・並べる、の3つです。 どれも商標法に明文の根拠があり、後から思いついても間に合わないものが混ざっているので、名前を捨てる判断より先に検討します。
3年使われていないなら、取り消せる
継続して3年以上、日本国内で使われていない登録商標は、誰でも取消しの審判を請求できます。 第50条第1項は「継続して三年以上日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれもが各指定商品又は指定役務についての登録商標の使用をしていないときは、何人も、その指定商品又は指定役務に係る商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる」と定めています。
この制度が使いやすいのは、立証責任が相手側にあるからです。第50条第2項は、請求の登録前3年以内に使用していたことを「被請求人が証明しない限り、商標権者は、その指定商品又は指定役務に係る商標登録の取消しを免れない」としています。こちらが「使っていない」ことを証明する必要はありません。
請求を知ってから慌てて使い始める、いわゆる駆け込み使用も封じられています。第50条第3項が、請求前3か月から請求の登録日までの使用について、請求されることを知った後だと請求人が証明したときは使用に当たらないとしています。
取消審決が確定したときの効果も見ておきます。第54条第2項により、商標権は審判の請求の登録の日に消滅したものとみなされます。 審決の確定日ではなく、請求を登録した日まで遡ります。
費用は特許庁の料金表で確定します。商標の審判請求は「15,000円+(区分数×40,000円)」なので、1区分なら55,000円です(特許庁 産業財産権関係料金一覧、2026年9月5日確認)。
買う、あるいは使わせてもらう
商標権は移転できますし、使用許諾もできます。 第31条第1項が「商標権者は、その商標権について他人に通常使用権を許諾することができる」と定めています。相手が事業を畳んでいる、別分野の会社でビールを作る予定がない、といった場合、譲渡や使用許諾の交渉が最短距離になることがあります。
この交渉は、こちらがラベルを刷る前にやります。 既に売っている状態で持ちかけると、交渉ではなく侵害の後始末になります。
承諾をもらって、並べて登録する
2024年4月1日から、先行商標の権利者の承諾があれば併存登録できる道が開いています。 特許庁は「コンセント制度に係る改正商標法の規定は、令和6年4月1日から施行されます」と告知しています(特許庁 コンセント制度の導入)。
根拠は商標法第4条第4項です。第4条第1項第11号に当たる商標でも、「その商標登録出願人が、商標登録を受けることについて同号の他人の承諾を得ており、かつ、当該商標の使用をする商品又は役務と同号の他人の登録商標に係る商標権者、専用使用権者又は通常使用権者の業務に係る商品又は役務との間で混同を生ずるおそれがないもの」については、第11号を適用しない、という構造です。
承諾書だけでは足りません。 特許庁は「先行登録商標権者の承諾及び両商標の間で混同を生ずるおそれがないことを証明する書類の提出が必要となります」としています。承諾と、混同のおそれがないことの証明。この2つがセットです。
併存が認められた後にも条件が付きます。一方の使用によって他方の業務上の利益が害されるおそれがあるときは、混同を防ぐのに適当な表示を付すよう請求できると第24条の4が定めています。同じ棚に並ぶ商品で使う以上、後から「醸造所名を併記してほしい」と求められる可能性は残ります。
なお、相手がまだ登録に至っていない出願中の段階なら、第8条第1項ただし書に同じ承諾の仕組みがあります。相手が登録済みか出願中かで、根拠条文が変わります。
変えるなら、表記ではなく称呼を変える
カタカナをアルファベットに直すだけでは外れません。 第4条第1項第11号は「他人の登録商標又はこれに類似する商標」を対象にしているので、表記を替えても読み方が同じなら類似の範囲に留まります。ロゴを描き直しても同じです。
離すなら、読み方そのものを変えるか、識別力のある語を足して全体の印象を変えるか、どちらかになります。ビールのネーミングのコツと商標チェック法で扱っている発想法は、この作り直しの局面でもそのまま使えます。
「第32類を外して出願する」は逃げ道にならない
指定商品からビールを外せば登録は通るかもしれませんが、ビールに使えば侵害です。 商標権の効力は登録の有無ではなく使用の実態にかかるので、第32類を避けて別の区分で登録を取っても、ラベルに載せてビールを売る限り相手の権利範囲に入ります。登録を取ることと、使えることは別の問題です。
すでにラベルを刷って売っている場合
出荷を止めてから相談します。順番を逆にしない。 販売を続けたまま交渉に入ると、こちらの手札が減り続けます。
商標権者が取れる手段は3段です。第36条第1項の差止請求(侵害の停止または予防)と第2項の廃棄請求(侵害の行為を組成した物の廃棄)、第38条の損害賠償(侵害者が得た利益の額を損害額と推定する第2項など)、そして第78条の刑事罰です。第78条は商標権を侵害した者を「十年以下の拘禁刑若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」と定めています。
刷ったラベルの廃棄が現実に効いてくるので、在庫の量が交渉の重さをそのまま決めます。 ラベルの制作費と刷り直しの費用感はビールラベルデザインの依頼先と費用相場にまとめてあります。
先使用権はほぼ効かないと考える
第32条の先使用権は、相手の出願前から使っていれば認められる、という制度ではありません。 条文は「他人の商標登録出願前から日本国内において不正競争の目的でなくその商標登録出願に係る指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務についてその商標又はこれに類似する商標の使用をしていた結果、その商標登録出願の際……現にその商標が自己の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されているとき」と要求しています。
「広く認識されている」の壁が高い。 立ち上げたばかりのブランドで、限られた本数を売った実績では届きません。しかも第32条第2項により、認められた場合でも商標権者から混同防止表示を求められます。先使用権を当てにした設計はしない、と決めておくのが安全です。
判断の順番
上から順に潰します。途中で答えが出たら、そこで止めます。
- 相手の指定商品を開く。 ビールまたはこれに類似する商品が入っているか。第32類か第33類かではなく、書かれている商品名で見る
- 存続期間の満了日と更新の記録を見る。 消えていれば、そこで終わり
- 相手が誰かを調べる。 同業か、別分野か、事業を続けているか。譲渡・使用許諾・コンセントのどれが現実的かはここで決まる
- 直近3年の使用実績を探す。 商品ページ・EC・SNS・プレスリリース。見つからなければ第50条の取消審判が選択肢に入る
- 1〜4で道が無ければ、名前を作り直す。 表記ではなく称呼から離す
この5段は、ラベルのデザインを発注する前に終わらせます。 商標の確定を待たずにデザインを進めると、刷り直しか出荷停止のどちらかを払うことになります。ラベルには品目や原材料など法令上の表示義務もあり、名前が固まらないと版が確定しません。
弁理士に渡す線引き
1と2は自分でやれます。3以降は専門家と組んだほうが早い。 特に第4条第4項のコンセントは「混同を生ずるおそれがないことを証明する書類」の作り方が結果を分けますし、取消審判は審判請求書の書き方がそのまま勝敗になります。自分でやる範囲と渡す範囲を、最初に決めておきます。
費用の目安・期間・最低ロット
商標側の実費は、特許庁の料金表で確定します(産業財産権関係料金一覧、2026年9月5日確認)。弁理士に依頼する場合の報酬は別途かかります。
| 手続 | 特許庁に納める額 |
|---|---|
| 商標登録出願 | 3,400円+(区分数×8,600円) |
| 商標登録料(10年分) | 区分数×32,900円 |
| 更新登録申請 | 区分数×43,600円 |
| 審判請求(不使用取消審判など) | 15,000円+(区分数×40,000円) |
ビールだけなら1区分です。 出願12,000円、登録32,900円、取消審判を打つなら55,000円が実費の目安になります。
期間について、特許庁の審査期間と審判の審理期間は本記事では確認が取れていません。 数字が要る場合は特許庁の最新の公表資料で直接確認してください。実務上言えるのは、商標の確定はラベル制作より前に置く工程だということだけです。
TAP TO BREW の場合、オリジナルビールの最低ロットは48本(350ml)、初期制作費は50〜70万円(うちOEM醸造費20〜25万円)、初回相談からリリースまでは概ね2〜3ヶ月です。名前と商標の確認はこの2〜3ヶ月の最初に置きます。連携先の醸造所・花園クラフト(大阪府東大阪市)が製造し、販売元となるため、ご依頼側で酒類の販売業免許を取る必要はありません。
企画の全体像はクラフトビールOEMの始め方完全ガイドにまとめてあります。名前がぶつかっている段階でも、先に相談したほうが手戻りが小さくなります。