水でビールの味は変わるのか
変わります。 ビールは重量の9割以上が水で、その水に溶けているカルシウムやマグネシウムの量が、麦芽から何がどれだけ溶け出すかを左右するからです。
ビールの92.8%は水
文部科学省の日本食品標準成分表2020年版(八訂)は、「ビール 淡色」(食品番号16006)の水分を可食部100gあたり92.8gとしています(食品成分表 本表 Excel)。麦芽もホップも酵母も欠かせませんが、量として最も多く入っているのは水です。
造り手は水質を選んでいる
独立行政法人 酒類総合研究所の情報誌「お酒のはなし」ビール特集は、原料の水についてこう書いています。「水のミネラルにはビールの品質に影響を及ぼすものがあるため、水質には細心の注意が払われます」(お酒のはなし 特集:ビール PDF 3ページ)。
同じ資料は、麦芽の配合や煮沸条件と並べて「仕込み水の硬度」をビールのタイプを決める要因の一つとして図に挙げています(同6ページ)。水は「たまたま使うもの」ではなく、設計項目として扱われている、ということです。
硬水と軟水は、何がどう違うのか
水1リットルに溶けているカルシウムとマグネシウムの合計量の違いで、炭酸カルシウムに換算した mg/L で表します。
硬度の定義
千葉県は硬度を「水の中に比較的多く含まれるミネラル成分のカルシウムとマグネシウムの合計含有量」と説明し、カルシウムイオンとマグネシウムイオンの量を炭酸カルシウムに換算して表すとしています(千葉県 水の硬度ってなぁに?)。味の濃さでも、水の重さでもありません。 溶けている2種類のイオンの量です。
WHOの4区分
世界保健機関の背景文書 "Hardness in Drinking-water"(2011年)は、一般的な分類として次を挙げています(WHO/HSE/WSH/10.01/10/Rev/1 PDF)。
- 60 mg/L 未満 — soft(軟水)
- 60〜120 mg/L — moderately hard(中程度の硬水)
- 120〜180 mg/L — hard(硬水)
- 180 mg/L 超 — very hard(非常な硬水)
日本の水道水は300mg/L以下と決まっている
水質基準に関する省令(平成15年厚生労働省令第101号)の別表は、40番目の項目「カルシウム、マグネシウム等(硬度)」について「三〇〇mg/l以下であること」と定めています(e-Gov 法令検索)。加えて、おいしさの観点から10〜100mg/Lが水質管理目標設定項目として置かれています(東京都水道局 水の硬度)。
硬い水と軟らかい水では、造れるビールが違うのか
酒類総合研究所は「軟水は風味が軽快な淡色ビール、硬水は風味が濃厚な濃色ビール造りに適している」と説明しています。 好みの問題ではなく、溶け出す成分の量が変わるためです。
硬水だと穀皮からポリフェノールが出やすい
同じ資料は、その理由を「硬水の場合、麦芽の穀皮からポリフェノールが溶出しやすいため」としています(お酒のはなし 特集:ビール PDF 3ページ)。同じ麦芽を使っても、水が違えば麦汁に移るものが変わります。
色にも効く
ビールの褐色のもとになるメラノイジンについて、同資料は「麦汁を煮沸する時にできるほか、石灰分の多い硬水でビールを造るとできやすくなります」と書いています(同6ページ)。水は味だけでなく、グラスの中の色にも関わっています。
「硬水のほうが上等」ではない
適しているタイプが違う、というだけの話です。軟水は淡色系、硬水は濃色系、と資料は書き分けています。スタイルごとの違いはクラフトビールの種類一覧にまとめてあります。
日本の水道水は、地域でどれくらい違うのか
同じ日本の水道水でも、公表値で35mg/Lから100mg/L前後まで開きがあります。
札幌・東京・千葉の公表値
- 札幌市 — 令和6年度の白川浄水場系給水栓水の硬度は31〜40mg/L、平均35mg/L。市自ら「札幌市の水道水は軟水であると言えます」としています(札幌市水道局 水質トピックス)
- 東京都 — 蛇口で平均約60mg/L。令和5年度の最大は87.6mg/L(北区・中央区)、最小は25.3mg/L(あきる野市)で、都内でも3倍以上の幅があります(東京都水道局 水の硬度)
- 千葉県営水道 — 中程度の軟水で、1リットルあたり80mg/L程度(千葉県 水の硬度ってなぁに?)
硬度を下げている浄水場がある
沖縄県企業局の北谷浄水場は、原水の硬度の年平均値が140〜180mg/L程度で推移していました。水質基準(300mg/L以下)は満たしていましたが、平成15年5月30日に硬度低減化施設を導入し、約40mg/Lの低減を実現。送水硬度の目標値を「100mg/L以下」としています(沖縄県企業局 北谷浄水場系の硬度適正化について)。
土地ごとに水が違うのは事実で、事業者はそれを数字で把握し、必要なら手を入れています。
「◯◯の水で造ったビール」は、水だけで決まっているのか
決まっていません。 醸造所は水源の水をそのまま使うとは限らず、狙うタイプに合わせて水質を整えるからです。
水は設計項目の一つ
酒類総合研究所の図が示すとおり、ビールのタイプを決めているのは麦芽の配合・焙焦・煮沸条件・仕込み水の硬度などの組み合わせです。水は効きますが、水だけで決まるわけではありません。「この土地の水だからこの味」と一言で言い切れる関係にはなっていない、というのがこの記事の結論です。
家庭で水を変えて試すことはできません
念のため書いておきます。酒類を造るには免許が要ります。 酒税法第7条第1項は「酒類を製造しようとする者は、(中略)製造しようとする酒類の品目別に、製造場ごとに、その製造場の所在地の所轄税務署長の免許を受けなければならない」と定めています。免許を受けずに酒類を製造した場合、同法第54条第1項により十年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金です(酒税法 e-Gov 法令検索)。水の違いを確かめる手段は、造ることではなく飲み比べることです。
飲み手として、水の違いはどこで感じ取れるのか
同じスタイルのビールを、造られた土地違いで並べて飲み比べるのが一番はっきりします。
条件を1つだけ変える
スタイルを揃え、温度を揃え、同じグラスで比べます。銘柄もスタイルも温度も違う2本を並べると、何が効いたのか分からなくなります。飲み比べの起点になるスタイルは初心者が最初に飲むべき5つのスタイルにまとめています。
缶やサイトに水源が書いてあることがある
醸造所によっては、使っている水源や仕込み水の硬度を公開しています。書いてあれば、それは造り手が意図として出している情報です。数字が出ているものから順に試すと、上の分類と自分の感じ方が結び付きやすくなります。
料理と合わせるときの手がかりにもなる
淡色系と濃色系で合う料理が変わるのはスタイル別のペアリングのとおりです。用語の整理はクラフトビールとは?にあります。
水源を公開している国内の醸造所を実際に当たって数字を並べる続編は、材料が揃い次第このジャーナルに出します。更新はTAP TO BREW journalのニュースレターでお知らせしています(記事一覧の下に登録欄があります)。
この記事で確かめた一次情報
- 独立行政法人 酒類総合研究所「お酒のはなし」特集:ビール(改訂版)PDF(2026年9月5日にPDFを取得して確認)
- 文部科学省「日本食品標準成分表2020年版(八訂)」本表 Excel(食品番号16006・同日確認)
- 水質基準に関する省令(平成15年厚生労働省令第101号)別表 第40項(e-Gov 法令検索・同日に旧APIで原文取得)
- 酒税法(昭和28年法律第6号)第7条第1項・第54条第1項(同)
- WHO「Hardness in Drinking-water」WHO/HSE/WSH/10.01/10/Rev/1(2011年)PDF(同日確認)
- 東京都水道局「水の硬度」(令和5年度の値・同日確認)
- 札幌市水道局「水質トピックス(水質相談)」(令和6年度の値・同日確認)
- 千葉県「水の硬度ってなぁに?」(同日確認)
- 沖縄県企業局「北谷浄水場系の硬度適正化について」(同日確認)