今日、ひとつ仕事が終わった。
誰も知らない。正確に言えば、知っている人はいる。けれど、それが「終わった」ということの意味を知っている人は、たぶん私しかいない。
半年かけた資料だった。社内の古い手順書を、全部読み直して、矛盾しているところを洗い出して、一冊にまとめ直す。頼まれた仕事ではなかった。誰かが困っているのを見て、勝手に始めた。途中で何度もやめようと思った。誰にも頼まれていないのだから、やめても誰も困らない。それがいちばん、やめにくい理由だった。
夕方、共有フォルダに最後のファイルを置いた。部長に「置きました」とだけ送った。返事は「ありがとう、あとで見ます」だった。
それで、終わり。
拍手は無い。花束も無い。打ち上げも無い。そういうものが欲しかったわけではない。欲しかったわけではないけれど、何も無いまま、このまま眠ってしまうのは、少しもったいない気がした。
だから帰り道、一本だけ選んだ。
ベランダに出る。十月の夜は思ったより冷えていて、カーディガンを取りに一度部屋へ戻った。戻ってきて、手すりにもたれる。向かいのマンションの窓が、いくつか灯っている。カーテン越しのオレンジ色。テレビの青い光。誰もいない台所の白い光。
グラスに注ぐと、淡い赤が揺れた。
木苺のような色。光にかざすと、少しだけ透ける。鼻を近づけると、甘い匂いのあとから、きゅっと酸っぱい匂いが追いかけてくる。
さて、と思う。
乾杯、というのは、本来誰かとするものだ。グラスとグラスを合わせて、音を鳴らす。相手がいなければ、音は鳴らない。
私はグラスを、夜の空に向かって少し持ち上げた。
誰に、と考える。部長に、ではない。あの資料で助かるかもしれない、まだ顔も知らない新人に、でもない。半年前の自分に、というのも、少し違う気がする。
誰にでもなく。
強いて言えば、私に。
声には出さなかった。出したら、隣のベランダの人に聞こえてしまう。聞こえてもいいのだけれど、説明するのは面倒だ。「何に乾杯してるんですか」「いえ、資料が終わったので」。そんな会話をしたら、今夜のこれは、たちまち小さなものになってしまう。
小さなことだ。分かっている。でも、小さいことを小さいまま、大事にしておける場所が、人にはもう少しあっていい。
ひと口。
甘い。そのあと、酸っぱい。喉を通るころには、甘さも酸っぱさも、どちらか一方ではなくなっている。
半年間のことが、そんな味だった気がする。手順書の矛盾を一つ見つけるたびに、少しうれしくて、少しうんざりした。土曜日の朝にふと思いついて、パジャマのままノートパソコンを開いたこともある。うれしさとうんざりは、ずっと混ざっていた。混ざっていたから、続けられたのかもしれない。
向かいのマンションの窓が一つ、消えた。
あの部屋の人も、今日、何かを終えたのかもしれない。誰にも知られずに。あるいは何も終わらなかったのかもしれない。それでも明かりを消して、眠る。
グラスを、その消えた窓のほうへ、もう一度だけ持ち上げる。
あなたにも。
二杯目は、注がなかった。一本を、ゆっくり一杯で飲みきる。今夜はそれくらいがちょうどいい。祝いすぎると、明日、少しさみしくなるから。
部屋に戻る前に、空を見上げる。星は二つしか見えない。都会の空にしては、多いほうだ。
一つは誰か。もう一つは、たぶん私。
小さな乾杯の音は、どこにも鳴らなかった。それでも、確かに鳴った。
了